急速に普及するAIですが、たびたび話題に上がるのが生成AIによるイラストやキャラクターについて。すでにインターネット上では、AIで生成した画像を使った広告もよく見掛けるようになりました。ここ数年の技術の進歩に驚く一方で、どこまで創作活動に使えるの? と気になっている人も多いことでしょう。 そこで今回は、X(旧:Twitter)で生成AIを使用した漫画「AIずきん」を公開し、3万件を超える「いいね」を集めたクリエイターの野火城さんを訪ね、制作のイロハやAIの実力についてインタビュー。クリエイターとしてのリアルな本音をうかがいました。
“IT音痴”が「おもしろそう!」の興味だけではじめた、AI漫画制作
「2022年にチャットサービスのDiscordで利用できる画像生成AI『Midjourney』が登場して話題になりましたよね。これはおもしろい! と思って使うようになったのが、AIに興味を持つきっかけでした」
現在ではStable Diffusion XL(以下、SDXL)やDALL-E3など多数の画像生成AIを駆使して漫画を制作する野火城さんですが、もともとは紙とペンの時代から漫画を画いていたクリエイター。ITの知識はほとんどなく、プレゼンテーションソフトもろくに使えないほどの“IT音痴”だったと笑います。
「ITやコンピューターツールは昔から得意じゃありませんでした。でも、表現の手法としておもしろそうなら使いたいというスタンスではあるんです。漫画制作ソフトのコミックスタジオも初期の頃から使っていましたし、制作環境のデジタル移行は比較的早い方だったとは思います」
Midjourneyを単純な興味から使いはじめて数ヶ月、「自分の絵をAIに覚えさせたらあたらしい表現ができるのでは?」と、Stable Diffusionローカル版を導入。まさに独学でAIとその環境について学んでいったといいます。
「使いはじめた当時は生成AIに関する情報が少なくて、ITに疎い人にはハードルが高いものでした。ローカル環境にAIを導入するにはプログラミング言語をインストールする必要もありますし、かなり苦労しましたけど、諦めずにやってみて良かったなと思いますね」
SDXLの登場でAI漫画制作が現実的なものに
AIの導入当初は、AIと向き合いながらその使い方を模索する日々を送っていたという野火城さん。AIに対する最初の印象はどういうものだったのでしょうか。
「当初は作品づくりにおいてAIを実用しようという気はあまりなかったんですけど、使いはじめてすぐに、ものによっては漫画に使うこともできるだろうなとは感じていました。人物とか精密なものをAIに描かせることは難しくても、ぼんやりした木とか、あまり精密さを求められないようなものを背景に使うことはできるだろう、みたいな感じでしたね」
漫画表現への使いどころを探るなか、ターニングポイントとなったのは、Stable Diffusionが2023年に公開したSDXLの登場だったといいます。
「初期に登場したStable Diffusion1.4〜1.5系のモデルは、色いろと複雑な問題を孕んでいてリスクが高かったため、SDXLが登場するまでは作品を表に出さずに自分のなかで研究することに留めていたんです。でも、SDXLはそうした法的なリスクが低く、生成された画像を自分の画風にファインチューニングすることもできるし、もちろん描写力も格段に良くなった。そこではじめて、一度しっかりAIで漫画を作ってみてもいいかなと思い立ち、完成したのが漫画『AIずきん』です」
生成AIのチカラを漫画表現に取り入れるための研究をしてきた野火城さんに、漫画の絵すべてをAIで描くことはできるのかを聞いてみると、答えは「NO」。果たしてAIは、漫画表現に役立つといえるものなのでしょうか?
「重要なのは、自分の表現においてAIをどこに使うかという見極めだと思いますね。たとえば、漫画のキャラクターは、コマごとに合った複雑な表情や表現が必要になってきます。AIに描かせたものに加筆してもいいのですが、自分の手で絵が描けるなら、複雑に人が絡んだり、意図が明確な日常動作のポーズなどは手で描いた方が早い場合も多々あります。その一方で、背景づくりでは、細部の破綻を気にしなければかなり現実的に使えます。特にファンタジーものなんかは、不思議な生き物や植物が生えていても成立するので、相性が良かったりするのかもしれませんね。AIを駆使して漫画を描きたいのであれば、AIごとの特性をしっかりと把握することです。まさに使いどころ次第だと思います」
AIそれぞれの“クセ”を知ることが、頼れるAIと出会うための近道
野火城さんいわく、漫画表現における導入に際して、AIの使い分けも重要なプロセスのひとつ。そこで大切になってくるのが、AIごとの“クセ”を把握することだといいます。
「重要なのは、人によってやりたい表現は違うということ。自分にどのAIの何がマッチするかは、使ってみるまで分からないということです。ちょっとAIを触ってみて、これじゃ使えないと判断する人も多いのですが、時間をかけて向き合っていると、そのAIがどこに使えて何が苦手なのかが見えてきます。AIの使いどころは、はっきりと決めず、根気よく向き合って使ってみることをおすすめしたいですね」
例えば、DALL-E3は絵も上手いし破綻も少ない。SDXLは人の指を表現するのが苦手だったり、構図がワンパターンだったりするけれど、自分の画風を出す設定がしやすいなど。「他にも、モノクロの線画が得意、塗りが得意、写実的な表現が得意、など。各社のAIによって、本当にクセがいろいろとあるんです」と野火城さん。
そうした試行錯誤を経て、現在野火城さんが取り入れている制作スタイルは、DALL-E3でベースとなるイラストを生成し、SDXLを用いて自分の画風に合わせてチューニング。それを用意しておいたコマ割とセリフに当てはめていくというもの。方法に正解はなく、自分なりの使い方を編み出すことが、AIで漫画を描くコツだといいます。
「仮に表現は自分好みでも、カラーのイラストをそのままグレースケールに変換したような絵が出力されてしまうというAIがあったとします。それなら、白黒の線画が得意な他のAIと組み合わせて調整すれば、より制度も上がりますよね。そうやってツールのクセを上手く使い分けられると、納得のいく表現に近づけられるんじゃないかと思います」
その上で、もちろん加筆するのもひとつの手。しかし、そこにはジレンマもあるようです。
「AIは模範解答的なものを生成しがちで、そのままでは独創性に欠けることも多いんです。AIが生成したベースに対して、自分なりのアプローチを加えて作品を完成させることも選択肢のひとつです。でも、最近は手書きの漫画に近づけようとしすぎてしまうと、おもしろみが減ってしまうのではないかというジレンマもあって……。不気味の谷を越えていないほうが、AIらしくておもしろかったりもするんですよね。あえて違和感を楽しむというのも、AIで作成した漫画の魅力だとも思うので、私自身も模索しているところです」
「こういう使い方もできるんだよって、漫画を通じて示していきたい」
AIと手書きの漫画が共存できることを示すために、現在も模索を続けている野火城さん。AIを使った漫画表現の可能性について、今後も知見を深めていきたいと話します。
「AI自体の好き嫌いは人によってあると思いますが、使ってみて分かったのは、まだまだ使い手側の課題も多いということ。これはいわずもがなですが、『手描きの漫画でやってはいけないことは、AIを使ってもしてはいけない』ということも、いつも念頭に置いています。そうした使い手の意識も広まりつつある一方で、まだまだ課題も山積です。AI自体の進化が少し落ちついて模索をする人が増えてきていているいまこそ、AIとどう向き合っていくか、AIをどう使いこなしていくのかが問われていくと思っています」
誰かが使っていかないと改善もされず、AIをどう使えばいいのかも理解されていかない。AI漫画の裾野を広げてきた野火城さんだからこそ、AIの使い方には人一倍気を配っているそうです。
「これは個人的な主義ですが、手書きで表現しているクリエイターと競合するやり方は、今はまだ控えようと思っています。AIだからこそできる表現や、“AIを取り入れたからこそ表現できるおもしろさ”のようなことを、これからも突き詰めていきたいなと思っているんです」
AIの技術、使う人のセンス。両方にまだまだ伸びていく余地がある。AI技術を活用しながら、新しい表現の方法を模索し続ける野火城さんのチャレンジは、AI漫画の未来に向けた重要な一歩となるでしょう。
野火城(のびしろ)
クリエイター。アナログ時代から漫画を描いており、これまでに仕上げた原稿は1万枚以上。現在、漫画の補助としてAIをどう使えるかを実験中。X(Twitter)で公開した、生成AIを使用した漫画『AIずきん』が話題となり、3万件を超える「いいね」が集まる。
https://x.com/nobisiro_2023